電源ラインと信号ラインの一体性
電源ラインと信号ラインの一体性
栓のひねり具合を調節するのがDA変換部や増幅部の仕事ですが、
外部機器(音源機器)からの入力信号は、
栓をひねるための信号であって蛇口からは出て来ません。
蛇口から出てオーディオ出力信号となるのは、
水道管という全くの別経路を流れて来た水です。
そしてオーディオ機器内でこれを運ぶ水道管が、電源ラインです。
入り口側で水道管に水を送り込む仕事をするのはポンプですが、
ポンプから排出される水の流れは脈打っていますので、
これを平滑用大型コンデンサーという貯水槽に一旦貯めることで、
脈動を抑え滑らかな流れにします。
ここで大切なのは、
栓をひねって出口(蛇口)での水流を変化させるということは、
水道管の入り口での水流も同様に変化しているということです。
水道管を通っての一続きの水流の出入りなので、
収支勘定は合致しているわけです。
この収支の合致は、オーディオ機器内の電気の流れでも同様です。
一本の水道管を通って出入りする水と同様に、
出力信号も電源部から増幅/変換部に至る一続きの流れなので、
出力信号に強弱の変化があるということは、
電源部からの供給電流も同様に変動していることになります。
この電流変動は音楽信号そのものなので上の図では音符で表しています。
そして音楽信号である以上それは交流ですから、
絶えず反転する流れの方向を往復の矢印で示しています。
オーディオ機器が例えば10kHzの信号を再生するためには、
電源ラインを1秒間に1万回往復する電流成分が必要なのです。
従って、
蛇口から出る水量が栓の開け閉めに素直に応答するためには、
水道管に送り込まれる水量にも同様の応答が求められるのと同じことで、
応答の悪い電源からは鈍重でモヤモヤとした再生音しか出て来ません。
以上が、オーディオ機器の音質が電源により左右される基本的な構図です。
電源ラインと信号ラインとは別系統というのは全くの誤解であり、
両者は一体の関係にあることがご理解頂けるかと思います。
○デカップリング・コンデンサーとは
急激な水の使用量の変化に対応する手段として、
住戸の直近にも小型の貯水槽を設ける方法があります。
大型貯水槽からは緩慢なペースで水を送り出す一方、
急な使用量の増加は小型貯水槽の水で賄うという方式です。
これにより、例えばアパートやマンション等で、
ある住戸が(浴槽に水を張る等で)急に大量の水を使い出すと、
隣の住戸で水道の出が悪くなるといった現象を防ぐことが出来ます。
つまり、隣接住戸間の水供給量が相互に干渉し合うことを防ぎます。
○電源が音質を左右する基本的な構図
電気も水も流れるのは同じですから、以下では、
オーディオ機器内の電気の流れを水道水の流れに置き換えてみます。
オーディオ機器は、入力信号の強弱変化を増幅または変換して出力します。
この動作は、水道の栓を開けたり閉めたりして
蛇口から出る水流を変化させる行為に例えることができます。
デジタル音源からの信号に合わせて栓をひねるのがDACであり、
アナログ音源からの信号に合わせて栓をひねるのがアンプというわけです。
[脚注1]
ループというのは元々来た方へ違う道を通って戻って行くことですが、
こればかりは残念ながら水道に例えることが出来ません。
戻るのは電流の本質であって水流にはその性質がないためです。
壁コンセントに二つの穴があるように、
電流は必ず出入りがセットになった2本の線で供給され、
片方の線から出た電流は、機器内を巡ってもう片方の線へ戻って行きます。
オーディオ機器内の電流ループの場合には、
発生源であるトランジスタ等の増幅素子の一方の極から出て、
その増幅素子の反対極へ戻って行きます。
そして、
「戻るまでに余計な回り道をすればする程、
余計な色や濁りを拾い集めてくる」
というのが、この記事の一つのポイントになります。
[脚注2]
この方針に従えば、
電流ループの中に電解コンデンサーがあってはならないので、
DAC22ではデカップリング用の電解コンデンサーを全廃しています。
[脚注3]
もちろん安定化されていない電源回路でも、
電流ループが延々と上流まで遡るのは同様です。
電流ループの到達範囲を制限できるのは、
折り返し路のあるシャント・レギュレーターだけなのです。
[脚注4]
シャントレギュレーター自体は古い技術でして、
オーディオ機器に用いられた例としては、
当時のスタックス工業より1979年に発売された
プリアンプCA-Yが有名かと思います。
CA-Yのシャントレギュレーターでは、
上図 (B) の大型電解コンデンサーの出口と
バイパス路との間に定電流回路が挿入されていて、
この構成を同社では
『スーパーシャントレギュレーター』と銘打っていました。
説明の簡素化のため記事本文では敢えて省略しましたが、
実はDAC22のシャントレギュレーターも
このスーパーシャント方式を採用しています。
この方式における定電流回路の役割は、
電流変動成分の通過を阻止することです。
つまり
通常のシャントレギュレーターが迂回路を設けるだけなのに対し、
スーパーシャント方式ではこれに通行止めを追加することで、
電流ループが電源上流部に侵入することを
より確実に阻止するのです。
尚、この方式を初めて採用したCA-Yでは、
電流ループ内の各所にデカップリング用の電解コンデンサーが使われ、
その音質影響が再生音に直接現れてしまう回路構成となっていました。
悪玉としての電解コンデンサーへの認知度が低かった当時としては
仕方のない設計であったかも知れません。
一方40数年を隔てたDAC22では、
電解コンデンサーのモヤモヤ排除がそもそもの設計ターゲットであり、
そのため電流ループ内には電解コンデンサーを一切用いず、
平滑用大容量電解コンデンサーの影響を隔離するために
スーパーシャント方式を採用しています。
40数年前の技術を単に再現するのではなく、
最新の技術アプローチにてその真価を発揮させるのが粋音舎流です。
○電解コンデンサーの音質への影響
オーディオ機器では、
電源回路にも増幅/変換回路にも電解コンデンサーが多用されています。
しかし、電解コンデンサーが音質面での悪玉であることは、
広く知られている事実かと思います。
電解コンデンサーの音質的特徴を一言で表現すれば、
『モヤモヤ』になるかと思います。
より具体的には、『ベールを被ったような透明度の不足』です。
これは電解コンデンサー特有の、
A. 損失の大きな誘電体(電解質)
B. 移動度の低い電荷担体(イオン)
C. オーディオ帯域内での自己共振
D. 振動し易い電極構造
等々が総合的にもたらす結果です。
音質に関する限り、
電解コンデンサーは全くオーディオ用途に適していません。
特にDAC等の再生系の前段部においては、
電解コンデンサーの影響は深刻です。
そこで抱え込んだモヤモヤは、
後段の機器で除去することは不可能で、
むしろ増強されるばかりであるためです。
そのため、信号ライン上に電解コンデンサーを使わず、
上質なフィルムコンデンサーで置き換えることは、
多くのオーディオ機器で実践されている音質改善手段です。
それでも、
小型で大容量が得られる電解コンデンサーは、
デカップリングを含む電源系の用途には
欠くことのできない存在であり続けています。
ネット上では、
様々な高級オーディオ機器の内部写真を見ることができますが、
数百万円或いは数千万円もする機器の回路基板を見ても、
そこにはデカップリング用の電解コンデンサーが林立しており、
その一本々々が音の濁りを生んでいるのです。
オーディオ回路では、デカップリング・コンデンサーが
この小型貯水槽の役割を担っています。
デカップリング・コンデンサーは、
電源部と増幅/変換部の間で一時的に電気を蓄えるコンデンサーで、
増幅/変換部の小刻みな需要に即応して電気(電荷)を供給することにより、
隣接する回路同士が相互に干渉し合うことを防ぎます。
小型貯水槽もポンプから蛇口に至る一本の経路の一部ですから、
蛇口からの水流に影響を持つのは上流部と同様です。
或いは、水流を妨げたり汚したりするような欠陥があれば、
蛇口近くに位置するだけにむしろ直接的な影響を及ぼします。
従って、デカップリング・コンデンサーは、
オーディオ機器の音質に直接的な影響を持ちうる要注意部品なのであります。
○シャント・レギュレーター
シャント・レギュレーターは定電圧制御回路の一つの方式ですが、
安定に動作させるのが難しいため、あまり使われることがありません。
一方、既存のオーディオ機器で一般的に使われているのは、
シリーズ・レギュレーター方式の定電圧制御回路です。
定電圧制御回路は、電流には自由な変動を許しつつ電圧を一定に保ちます。
ここでも水道との比喩を踏襲いたしますと、
各住戸で使われる水量が変動しても、
蛇口から常に一定の水圧で水が出るように制御することに相当します。
貯水槽=コンデンサーから余力の水量を受動的に得るのでなく
能動的に水圧を安定化するシステムです。
そのためには、水圧を監視する機能と、
送り出す水量を加減するための調節栓を追加するのですが、
下図(A)の位置に調節栓を追加するのがシリーズ・レギュレーターで、
下図(B)の位置に調節栓を追加するのがシャント・レギュレーターです。
○平滑用大容量電解コンデンサー
機器の電源部に目を移しますと、
そこには一際大きな電解コンデンサーが使われています。
100V50/60Hz電源から受け継がれた交流的な凸凹を、
よりなだらかな直流に近づけるための平滑用コンデンサーです。
このような大容量の電解コンデンサーは、
上記A~Dの欠点を色濃く背負う部品であり、音質への悪影響は甚大です。
しかし、平滑用大型電解コンデンサーは、
機器が動作するためのエネルギーの源でもありますから、
その撤廃は容易ではありません。
例えば、代わりにスイッチングレギュレーターを用いたところで、
その内部にも平滑回路があり電解コンデンサーは使われています。
或いはバッテリーを用いたところで、
その内部構造は電解コンデンサーに類似ですから、
上記A~Dの音質劣化要因を背負うことには変わりがありません。
従って、見掛けの上で電解コンデンサーを取り除いたとしても
本質的な改善は望めないことになります。
むしろ本質的な改善策となるのは、
平滑用大容量電解コンデンサーにオーディオ信号を流さないことでして、
それを可能にするのがDAC22に採用のシャント・レギュレーターです。
シリーズ・レギュレーターでは、
蛇口からの流出量が増えて水圧が下がりそうになると、
調節栓を開いて貯水槽からの送出量を増やします。
逆に蛇口からの流出量が少ない時には、
調節栓を閉じ気味にして貯水槽からの送出量を減らします。
一方のシャント・レギュレーターでは、
貯水槽からの水流の何割かを調節栓を通じて常に捨てています。
そして蛇口での水圧が下がりそうになると、
調節栓を閉じ気味にして捨てる量を減らし、蛇口への供給に振り向けます。
逆に蛇口での水圧が上がりそうになると、
調節栓を開いて捨てる量を増やし、蛇口への供給を減らすのです。
シャント・レギュレーターは非常にもったいない方式でして、
(水道料金が大変なことになります!)
この効率の悪さも、この方式があまり使われない一因となっています。
念のため再記いたしますと、
定電圧制御回路は電源ラインの電圧を一定に保ちますが、
電流については自由な変動を許します。
オーディオ機器の増幅/変換部は音楽信号に呼応した電流を消費しますので、
電源から増幅/変換部へ供給される電流は、
音楽信号に呼応して大きく変動しています。
上の図中の音符と往復の矢印が変動成分を表します。
この変動は、オーディオ信号の『電流ループ[脚注1]』とも呼ばれ、
オーディオ帯域の周波数で電源ラインを巡る交流成分です。
およそこの電流ループが到達するところにある部品は全て、
上記『電源が音質を左右する基本的な構図』 に従い、
再生音質に影響を及ぼします。
従って、この電流ループの到達範囲を極力小さく抑えることと、
到達範囲内にある全ての部品を高透明なもので揃えることが、
高音質高透明設計の基本的な方針となります[脚注2]。
シリーズ・レギュレーターの場合には、
この電流ループが(他に逃げ道がありませんので)一本道を辿り、
そのまま上流の電源部に到達します。
そして、
そこで経験する平滑用大容量電解コンデンサーの応答の鈍さは、
電流ループの発生源である増幅/変換回路に伝わり、
再生音のモヤモヤとなって出現することになります。
そればかりか、
シリーズ・レギュレーターを辿る電流ループは
止まるところを知らず[脚注3]、
平滑用大容量電解コンデンサーの先の、
整流素子や電源トランスへも到達してしまいます。
シリーズ・レギュレーターには、
それらの部品による色付けや濁りを逐一拾い上げては、
出力信号に反映させてしまう欠点があるのです。
一方、シャント・レギュレーターでは、
電流ループがバイパス路を通って折り返しますので、
平滑用大容量電解コンデンサーにも、
その先にも到達することはなく、
上流側の諸々の部品から色や濁りを受け取ることがありません。
このように、
DAC22に採用のシャント・レギュレーターは、
オーディオ機器用として本質的に優れた電源方式なのであります[脚注4]。
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